東京の新宿駅近辺のサイエントロジーと称する会社を暫く振りに訪ねました

カテゴリー: 東日本大震災

6年前の東日本大震災の被災地でボランティアの私が世話になった米国系の団体の日本支部なのです。当時、被災地での私の活動をこのブログでしばしば紹介しました。宮城県気仙沼市で被災者の生活を応援したのですが、その時の私の数回の訪問の際にチームのリーダーとして活躍された40歳前の女性からの招きを得て、今日、その団体の新社屋を訪ねて、活動状況の説明を受ける機会を得ました。

日本では宗教団体として法人登録しているのですが、「人生を清く正しく、そして、楽しく幸せに送る方法を提唱した米国人である創始者の信条を、宗教臭なく真面目に実践しようとしている人間集団」という印象を私は抱いて来ています。

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東日本大震災後5年経過、ボランティアの機会を得るのは容易でしょう

カテゴリー: 東日本大震災

NHKを中心にマスメディアで生々しく津波来襲などの映像を流しています。震災当時よりも情報が時系列的に克明に整理されているので臨場感がより鮮明になり、被災現場に居た人々にとっては辛い思いをされているかもしれません。

一方、仮設住宅を引き払って公営住宅や分譲地での自宅新築を選択する人々が出て来ているので、空き室の増えている仮設住宅での独居老人の生活に不便が増したり、次々回の運営にも新局面が出て来たりしていますから、真面目な個人のボランティアや団体にとって支援活動を再開する機会を掴むことが容易になって来ているように思われます。

震災直後の1年間に被災地でのボランティア活動の機会を7回得た私も、その地の復興状態が気になっていますので、再び、手伝うことを見付けられるならば、ボランティアを志願してみようかと思っています。

被災地東松島市内の「あおい地区」の小野竹一自治会長に会いました

カテゴリー: 東日本大震災

松島町と石巻市の間にある、震災前の人口約4万3千人の東松島市。津波の大被害を受けてしまい、沿岸地域は「津波危険区域」に指定されてしまい、宅地利用が不可能になって5年が経過しようとしています。

市内7カ所に集団移転先となる造成工事が行われ、賃貸型の災害公営住宅が合計1010戸、個人による戸建て用の防災集団移転宅地が713区画が整備されて来ているとのこと。そして、7カ所のうち5カ所がすでに完成し、団地型の住宅では入居も開始しているというのですから、他の多くの被災地に比べて、目立って、この面での復興の速度は早いです。 [続きを読む...]

若手の運営する女川復興連絡協議会での取り組みには希望が持てそうですね

カテゴリー: 東日本大震災

「若者に任せる」 「還暦以上の老人は口を出さない」

思い切った発想で、次の社会を担う若者に復興計画の作成と実行を委ねている女川復興連絡協議会の活動を、今朝のNHKのテレビ報道が紹介していました。

すでに、被災後4年が経過しようとしていますが、復興計画をその方針で運営したことが良かったという実感を地元住民と排除された印象のある老人たちも抱いているとのこと。この協議会が、何だか、良いことをしているみたいで、勇気づけられました。 [続きを読む...]

来週の水曜日は東北大地震4周年記念日、でも復興はまだまだですね。

カテゴリー: 東日本大震災

4年前には、震災後10日で、カナダでの学習生活を中断して、帰国した後に、ボランティアとして被災地へと、4月15日に、応援に出掛けて、その後合計で7回、気仙沼市、陸前高田市、南三陸町で無我夢中で、地元の人々の手伝いをしました。しかし、最近の私は、現地を再度訪問してみようという気にならないのが不思議なのです。

会い慣れたというか、見慣れた馴染みのある被災者の顔を思い出し、彼等の苦労が今でも続いているはずなので、また、手伝いたい気があるのに、私が個人として出来ることの小ささを思うと足が前に出ないのです。何となく、あの被災景色が余り変わっていないだろうと想像してしまい、気遅れを起こしているのです。 [続きを読む...]

フィリピンの訪問者がEPAの介護資格試験優等生の姉であることが判明しビックリ

カテゴリー: 介護職の応援, 東日本大震災

 偶然というのか奇遇なのか、先週から訪日している子ども用車椅子寄贈のフィリピンの現地パートナーである財団の責任者から、自分の妹の一人が、日比経済連携協定(EPA)に基づく介護福祉士の訓練生として来日して、昨年度の国家試験に合格していることを知らされました。

 その人は稀有な性格の持ち主で、3年前の東日本大震災の直後に原子力発電所が爆発して多くの住民が県外に退避した時に自ら進んで福島県の極度の人手不足に陥った老人介護施設に転勤を申し出て、最近まで、フィリピンに帰国することなく献身的に日本人の高齢者の介護に奉仕して来たというのです。 [続きを読む...]

大津波の被災地住民からの後世への伝言を組織的に実践しようとする動き

カテゴリー: 東日本大震災

 今朝のNHKの報道は納得性がありました。私は7回被災地の気仙沼市に行って応援ボランティアをした経験から再び現地を訪れて、その後の復興状況を見てみたいとしばしば思うのですが、「もはやよそ者の出る余地がない」という或る種の無力感を覚えているために踏み止まっています。今回の広島市での土砂災害禍でもボランティアの動きに興味が湧いているのですが、自らそれにブレーキを掛けるのが、その種の無力感なのです。

 そうした中で、今朝の報道は東北の気仙沼市で実際に被災された多くの人々が、大津波の大被害の経験にも拘らず、1年半後のマグニチュード6に近い強い地震の直後に地元行政から発せられた津波来襲への避難勧告を無視して動かなかったり、自家用車による路上の大渋滞を起したりしたという事実から、「あの苦い経験が急速に風化していることを露呈した」と考えて大いなる失望と危機を感じたので、一部の現地住民が自ら行動を起こして、風化防止を試みているという内容でした。 [続きを読む...]

大震災の被災地、気仙沼でのボランティアの絆の強さに驚いています

カテゴリー: 東日本大震災

 今更ながらの感じがするのですが、今日の一人の仲間の来訪に、そうした感激と感慨を覚えました。会ったのは気仙沼市の出身者でして、東京に職と居を持つ女性のボランティア仲間です。彼女は被災後10日ぐらいで故郷に戻ったのですが、自身が育った実家は津波にすべてを持ち去られ、敷地のみが荒野に残っていたのですが、それにも拘らず、ボランティアチームのリーダーとして約一年間、連日連夜、ボランティア活動の指揮を取り、雑魚寝の生活を過ごし通した意志の強い人でした。

 当時の回顧をすると、私はカナダの大学での学習を中断して6か月間帰国し、その間に合計5回被災地に行って被災した人々への支援活動の仲間入りをさせてもらいました。私は、ボランティアとしては最長老であり、また、社会経験が豊富であったせいでしょうか、瓦礫の撤去や倒壊家屋の家財などの取り除きや清掃などの最前線活動よりも、外国人が含まれたボランティアの人達の現地での生活の後方支援でより目立って役に立てたようでした。 [続きを読む...]

大震災の記念日の今日は色々な思いが交錯しました

カテゴリー: 東日本大震災

 多くの人々にとって、決して気の晴れる日ではなかったでしょう。私がしばしば訪れた、被災地の気仙沼市、陸前高田市、南三陸町、女川町などの現在の景色をテレビ報道で見せられると、荒野ばかりを見せられているようで、「復旧が余り進んでいない」と思わされるばかりでした。「どこに復旧・復旧予算が使われたのだろうか?」とさえ疑問が高まりました。

 この3年間、行政も担当当局者も大変な努力を注いで来たのでしょうが、未経験、初体験の作業であったためか、結果から判断すると、随分と、試行錯誤をしてしまったということなのでしょう。防潮堤の是非や高さが今でも口角泡を飛ばす議論に終始している市町村があるのでしょうが、民主主義とは合意に至るまで時間の掛るものです。

 考えてみると3年というのは短すぎるということでしょうか。最初の意気込みが楽観的過ぎたということかもしれません。過疎地、高齢社会というのも予想以上に難しい要因であったようです。

 しかし、悲観的で暗い話ばかりでもなかった報道もありました。岩手県の久慈から南下する三陸鉄道が随分と復旧したことは、朝ドラの「あまちゃん」のブームの後押しがあったのか、かなり修復されているようです。大津波を逃れる訓練に真剣に参加する各地の国民の気持ちも一致していました。

 家族の過半数を亡くした被災者の中の、残された家族が結束して力強く生きて行こうとしている姿には心を打たれました。「頑張って!」と思わず、心の中で叫んでいる自分が居ました。

 原発事故の後遺症に翻弄される福島県民の話題は少なかったですが、今日は、多くの日本人の心が東北に向かって良かったです。自分の無力感につぶされていた私も、再び、被災地を訪れてみたくなりました。

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3.11の記念日を明日に控え復活したメディアの報道で最も深刻な福島県

カテゴリー: 東日本大震災

 津波と原発事故のダブルパンチを受けたのですから、先日来推測している通りに後遺症が最も深刻のようです。放射能被曝の影響への恐怖心は当事者でなければ理解できないと私も納得しています。学校給食の米飯を福島産の米に全面的に切り替えるという県当局の決定に苦悩する母親の心境がNHKのニュース番組で紹介されていました。

 「県の経済復興に協力をせねば・・・」との義務感と安全宣言をしている当局の判断への不安感からの自分の子供の健康への影響に関しての懸念との間で大いに葛藤があるというのです。政府機関などの言動に根深い不信感があるので、いつにも、「計測を誤っていた」などと、ミスの存在が後日発覚しかねないという疑惑があるからでしょう。

 私のように余命が僅かな高齢者としては、「分かった。福島産品はすべて引き受けて食してあげるから、あなた方は他県の産物を食べなさい」と大見得を切って行ってあげたいという心境に駆られます。

 その他にも被災者や近親者を失った人々の今でも癒されない悲しみが私の心を痛め始めています。これから2~3日、或いは、1週間は、悲しい報道に向き合わされるでしょう。それから目や耳を背ける訳には行きません。

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