友人の弟が渡比して滞在1ヶ月で苦境に陥りました

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フィリピンで生活する願望にしっかりした心構えがなかったからだと私は考えているのですが、この男は覚悟と気配りが余りにも弱いようで気掛かりです。6月1日付のこのブログで彼が渡比したと記載したのですが、その彼が世話を引き受けてくれたフィリピン人夫妻と早くもトラブルを起こしたというか考えが合わずに離別してしまったのです。

日本でもらえる年金の範囲内で生活するという基本方針を、「それでは金額が不足するから僅かしか残っていない貯金の半分以上を比国に一括送金して、それを資金にして周辺の市民に高利貸しをすれば何とかなるから・・・」とそそのかされそうになってので、それに私がストップを掛けたのに、今度は、「数頭の子豚を飼育する小規模の養豚業をしよう」との誘いに簡単に乗ってしまい、その準備段階で意見がまとまらなくなり、それを取り止めようと言い合った時には、既に、最初の25万円ほどの初期投資金を巻き上げられてしまっているというのですから、全く困った御仁です。なぜ、事前に報告をしてくれなかった、そうすれば、少なくとも、書類を以って合意書を交わせただろうと悔やまれます。

それを私に知らせることなく、先週末には、マニラに立ち寄る用事があるので、今週月曜日に私の別の友人に会わせてくれと後ろめたさすら感じさせることなく、急に私に連絡して来たのです。

その友人は、去る2月に私がマニラに短期間行った際に会って、「こういう日本人がいるのだが、マニラの郊外に住む事も選択肢として持っているので、何か良いアドバイスをくれないか」と頼んだのですが、それに対して、親切にも、その友人は「自分が経営している日本風の居酒屋で短期間手伝ってくれても良いよ」と有難い案を提示してくれた経緯がありました。しかし、何を目的に、この友人に直接に会って相談したいのかを明らかにせずに突然会いたいというので、私は面くらいました。

そして、私は、この日本人をセブ島からマニラに向かう途上で、電話と電子メールで捕まえて尋ねたら、「セブ島で世話をしてくれていた比国人との関係が壊れてしまったので、別の土地に活路を見つけるために、ルソン島の横にあるMarinduque(マリンドュケ)島の島民に会った後に、マニラ在住のお前の当の知人に会おうと思っている」と旅の目的を知らされました。

こういう身勝手というのか、配慮不足で一方的に行動する性癖では、これからも避けられる問題を安易に起こし、苦労をしたり、最悪、フィリピンでの生活すら続けられなくなるだろうとの危惧が深まります。

「そんなことを急に言われても、あの日本風の居酒屋で手伝う話は立ち消えているし、また、その知人に会いたいと言っても、今日は木曜日、明日電話して頼んでも、週明けの月曜日に会えるかどうかも分からないのに無茶だよ」と私は思いながらも、「まあ、兎に角、会ってくれるように強くお願いしてみるよ」と、面会の機会を確保する努力を約束しました。この男の手前勝手さには呆れました。

案の定、結果として、彼らは会うには会えたのですが、マニラでの友人は既に他に重要な用事が詰まっていたので、2人の話し合いは30分足らずで終わり、何の成果も得られなかったようです。結局、この日本人、マリンドゥケでもマニラでも期待した結果を得られず、セブに戻ったのです。私も、こういう手前勝手な無思慮な立ち振る舞いに手を焼いてします。

高齢日本人から滞在費用工面のための金貸し計画を断ったとの朗報を得ました

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最近のブログで記載した通りの問題について、私の拒否提案に従って、現地人からの申し出を断ったとの連絡が入って来ました。現地の世話役を引き受けようとしている私の知人は、不承不承、受け入れたのだろうと推測されますが、私は安堵しています。

何か疑念を持たれ違反行為が現地の税務当局などに発覚しそうになったら、賄賂まがいの礼金の支払いでもみ消すような慣行に染まって生活することの不合理さを当の日本人高齢者が理解し納得したようなので、それが外国人移民者の正しい生活姿勢であると考える私は安心した訳です。

金持ちやインテリや政治家、そして教育者までが、こういうことに手を染めている限り、フィリピンなどの国が良くなって行かない、繁栄しても立派な国として評価されて行くことにならないと思うのですが、困ったことです。

勿論、そういう我が国の指導者層も微妙な問題を次々に起こしているので、胸を張って主張しにくい昨今です。

友人の弟の比国での老後生活の世話で日比の文化の相違で苦慮しています

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当方からは何の世話をお願いしたのでないのに、現地での私の友人(比国人)が渡航を希望している当人(日本人)に直接連絡して、自発的な好意から世話を始めたのですが、それが、結局、日比の文化に根付く発想とか感覚の相違が原因だと私は解釈するに至っています。

渡航する希望を抱く当人(日本人)は、「大都市でない土地の田園環境に接しながら、のんびりと老後を送りたい」と希望していたのに、彼の生活費を手持ち資金で賄い切れないとの判断から、不足分を近隣住民(農民や一般住民や学校の先生までも対象らしく)を対象に少額の金貸をして補うという考えから、その比国人が当の日本人に「500万円を急いで送金しろ」という話に至ったようなのです。何となく「振込み詐欺」を思い出しました。

当人から、私の友人であるこの人物を「信用して良いだろうか? 大丈夫ならば先方の行為に従って送金したい」とか、「その友人夫妻の経営する事業の手伝いをして、小遣いも稼げるし・・」とも言うのです。私は、即座に、「当初の話と違って来た」と思い、「当人が信用できるかどうかの問題よりも、あなた自身が当初の計画を変更するのですか?」「外国人が金貸業を公的許可を取得しないで始めるのは、通常な日本人の感覚からはズレていませんか? 現地で、誰かに税当局に垂れ込まれたりしたら、犯罪者として、日本に送還される恐れがあるでしょう!」「そもそも、500万円を住所の定まる前に送金などできないですし、定年退職者ビザが取れる前に行動したら具合が悪いでしょう」「現地人夫妻の事業を手伝うのも、その報酬を税務当局に届ける必要が出て来る行為でしょう」と言って、「そういうことは、所定のビザを取得した後、現地に定着してから、法的に問題がないことを確認してから始めるのが賢明ですよ」と返答しました。 [続きを読む...]

箱根以外にも楽しめる場所が清水港と日本平であることを示そうとして失敗しました

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例の比国の友人は来日するたびに大阪入りした後の東京への移動の途中で箱根の芦ノ湖の畔を定宿での2泊を所望して来ます。そして東京では必ず築地魚市場の場外の寿司店でマグロの赤身ばかりを好んで食べ、「新鮮で美味しい」と言って喜ぶのですが、いつも築地というのも面白くないので、今回の来日の際に箱根から少し西へと後戻りして清水港でマグロの味を楽しんでもらおうと思い、同行したフィリピン人仲間10人を小型バスに乗せて、午前11時に箱根の宿を後にしました。

予定よりも早く清水港の魚市場に着き、予てから予約しておいた食堂でマグロの赤身を堪能してもらったまではよかったのですが、私の思惑に反して、近所の久能山の石垣イチゴ園ではイチゴが朝採りで既に完売済みで午前中に全ての店が閉店状態で新鮮なイチゴを買うことが出来ませんでした。

仕方なく、これまた近隣の丘の日本平の頂上に在る日本平ホテルで午後のお茶とケーキを食べたまでは良かったのですが、東京へ向かって暫くしたら、スマホに「東名高速道路は事故で渋滞中、東京までは3時間弱」とのニュースが飛び込みました。これが、2番目の予想違いとなりました。バス会社との契約では、東京のホテルには、遅くとも午後7時までに到着、それをし損なって、遅れたら、貸切料金と同額を追加して払うことになっていたので、心配しました。

スマホでの予想到着時間が午後7時を超えそうになっていたからです。しかし、結局は、午後6時40分に東京のホテルに到着したので、辛うじてセーフでした。当初のプランでは5時までに到着と見込んでいたからです。

この経験から、どうやら、清水港を再訪問する可能性は大きく遠退いてしまった感があります。

また、フィリピンの富豪の友人が新任の幹部役員を伴って来日です

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今年2度目の来日です。今回は、自分が所有する会社の一つ、ビサヤ地区に130以上の店舗を構える家電・オートバイ・家具を月賦販売する比国最大の小売チェーンですが、最近、刷新された幹部役員の新任者3名をキリスト教の復活祭の休暇として夫人同伴で慰労旅行に連れ出して来ます。いつものことながら、大阪地区の滞在期間に私の友人の支援を受け、後半の一週間を私に支援を求めて来ています。

箱根の芦ノ湖とその奥に位置する富士山の勇壮を眺めるホテルに2泊、その後、東京に場を移しますが、訪問場所の選定を私に依頼して来ています。

折からの桜の満開を狙っているのですが、その時期が少し早まる気配なので、私としては少し工夫を凝らして、友人の顔を立ててあげようと思っています。清水港での鮮魚料理三昧と久能山のイチゴずくしと日本平からの富士山の眺望を思い出に加えてもらおうと考えていますが、天気頼みです。

どうやら友人の弟君はセブでの生活に興味が傾いて来ているようです

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例の日本人の老後の生活場所をフィリピンの郊外の田園地区に求めたいとの希望を叶える手伝いにと、私は先日のフィリピン訪問の合間に、マニラとセブに在住する知人に会って本人の履歴と意向を説明して来たことを、このブログでも記載しました。

その結果、マニラでは郊外に昨年開店したという日本料理店を手伝いながら生活の経験をして見ることの後方支援を、そして、セブでは郊外での田園地区に生活場所を設定して、これまた、後方支援を惜しまないとの有難い申し出を得て、私は帰国ました。

その後、セブの知人が、たまたま、一時帰国中の日本人の夫君に、当人についての私との話の内容を説明したところ、その夫君が自分の経験に基づいて、フィリピンでの生活について役立ちそうな情報を提供したいと申し出てくれたのです。

その会見が明後日の4日に設定されたと聞いているのですが、当人は英会話力が極めて初歩段階である不安も手伝い、日本人が後方支援者になってくれる可能性の高いセブで生活を始めることでの安心感に惹かれてしまったようですから、どうやら、そちらの方向で当人の決意が固まることになるのではないかと推測しています。

14日に例の比国からの友人のメガネ調達を手伝います

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兼ねてからの懸案の処理です。昨年6月に両眼の白内障の手術をした後の希望視力に合致するメガネを所望しています。目に入れたレンズが3焦点(近・中・遠)のものらしいので、実施例が極度に少なく、私には初めて知った物であり経験不足ですから、少し事前に研究しておくつもりです。

日本では、遠近2つの焦点のレンズを入れるのが普通であり、3焦点のレンズの挿入はまだ健康保険の対象になっていないとのことなので、臨床例が少ないようです。

友人はシンガポールの高級医療センターで手術を受けたらしいのですが、やはり、生活には不自由があるということで、それをメガネで補いたいと希望しています。

医療の世界に詳しい友人が大阪に居住していて、また、当の比国人も大阪に馴染みが深いので、大阪の検眼士に測定してもらって度数などを決めたいと希望していて、私も、その友人の存在に敬意を払いたいので、通訳として大阪に出向いて応援するつもりです。

昨日、その友人が大阪の梅田地区の高級眼鏡店の検眼士を訪ねて、この週末の日曜日14日に約束を取り付けたので、それに合わせて私は前日の13日に大阪に向かいます。

当の比国人は親族がまだ6人東京に滞在しているので、彼らを従えて、明後日に金曜日に全員が大阪に移動することを決めています。

誠に大袈裟な民族大移動ですが、時間的に余裕を見出せる私は、病身の妻の了解を得て週末に往復してくるつもりです。

北海道ニセコ村から比国の友人一族25人を連れ戻しました

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病人もけが人も飛行機の乗り遅れ事故もなく全員が朗らかに東京に戻りました。

とは言え、油断していたので、預けた多量の荷物を羽田空港に到着後に受け取る積りで、荷受け場所に行ったところ、何と、荷物が排出されて来る場所を間違えてしまい、全員が一旦到着ロビーに出てから、正しい場所に回ったのですが、排出台まで行くことが許されず、そこの係員に全員が所持していた荷札を渡して該当する全ての荷物を荷主に代わって引き上げて来てもらって、結果としては、ことなきを得たという事件を起こしてしまいました。

全員の無事の帰還を願って同行していた私は、到着後に3〜4組の家族がトイレで用足しを済ませるのを待っていたために、他の家族たちが独自に荷物の出て来ない場所に間違って移動してしまうという不都合に遭遇させてしまいました。もちろん、彼らの旅行には親族の一人がリーダー役として居たのですが、異国での飛行場の細かな指示看板を判読できなかったのは止むを得なかったのです。一同から彼に非難の目が向けられるのを避ける意図で、彼らが出迎えのバスに乗り込んで空港を出発した直後に、「私の不注意が原因で、荷物の回収に手間が掛かってしまい、申し訳なかった」と私は繕いの言葉を伝えました。

ホテルに到着した後に、夕食への招きの言葉を受けたのですが、私は、それを断って、急いで横浜の自宅に戻りました。

これで、友人への世話は一段落して、明日から逐次、各家族が帰国の途に着きます。次の世話は、白内障の手術をした彼が求めている適切な度のメガネを調達するのを手伝うことが残って居ます。

ニセコ村での最終日が事故なく終わそうです。

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今日も曇天下の村の戸外の景色はどんよりとして木々の姿は葉がなくて枝と幹だけの林が鮮明でした。

再び、外国人旅行者のインターネットでの高い検索能力のお陰で、ホテルを朝10時半に出発して村で有名な手打ちそば屋さんに向けてバスに乗り込みました。途上で仲間のフィリピン人がしばしば、「大丈夫かなあ、昼食時には20人しか受け入れないお店だから、11時半までに辿り着いても8人全員を受け付けてくれるだろうか?」と話していました。

その蕎麦屋の前に着くと誰もまだ到着して並んでいない様子に、「良かった、これで全員が食べられる」と安堵したのですが、11時に店員が出て来たところ、「もう店内に18人入っているから、あなた方は4人しか受け付けません」と撥ね付けられました。お客本位でなく、自店本位の横柄な扱いに気を悪くしました。ピークの時期なので、「我慢しなくては・・・」と怒りを飲み込んで並びました。しかし、がっかりしていると、暫くして、「6人まで入れます」と言われました。少し安心したのですが、結局、2人が食べられず、別のところにあったラーメンショップに向けて出て行きました。

店先には、添付写真のように、「昼食時は20人までで、それ以上はありません」と店頭に張り紙が掲げられていました。ということは、4人オーバーの24人を受け入れたのです。

待つこと1時間余で、先にカウンターに並んでいた先客が食べ終わり、私たち6人は、4人と2人に分かれて座らされました。別に先に店内に入っていた6人が既に座っていました。

とにかく、眼前で、蕎麦を打つのですから、時間が掛かりました。その姿を眼前で見る雰囲気が客受けを良くするのですね。外国人客は全てビールか日本冷酒を注文し、天ぷら蕎麦や鴨肉を食し、私だけが、素のせいろ蕎麦を食べました。「せいろ蕎麦を注文する客が本当の蕎麦通なのだよ。君ら外人は知らないだろう!」と内心誇らし気につぶやいている自分がいました。

結局、食べ終わって店を出たら、もう3時近かったのです。そば打ちがそれだけ手間と時間が掛かるのが価値だからでもあります。さすがに味は良かったです。

ホテルに戻る途中で、ミルク工房に立ち寄り、ソフトクリームを食し、ミルクたっぷりのタルト(ケーキ)を買ったりして、仲間の外人が喜んでいました。昨年に続いての2回目のニセコ村への訪問であったので、楽しみにしていた買い物をしに来たのです。私は、一昨年の夏に当地を下調べで訪問したのですが、そういうところのあることなど知らなかったのです。

ホテルでは、残っていた15人の親族たちは未だ雪で戯れていました。とは言え、疲れたのでしょう、私たちの帰還を知って、パブに戻って来ましたが、また、ホットドッグやハンバーグを食べ始めました。ビールやウイスキーも加わっていました。

最後の夕食会が、全員で午後7時45分にホテルのロビーに集合して車で数分の距離が離れたレストランで催されます。それまでの時間を利用して、このブログへの投稿に取り掛かっています。

北海道のニセコ村での一日はゆっくり骨休みの静養となっています

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添付のような写真にある景色を見ながら、フィリピンからの友人の親族一行が質の良い雪の上で戯れているのを横目にして、私はパソコンに向かいながら、骨休みをしています。外人用にと配慮したのかホテルに備えられた浴室の温泉の湯に浸かったりしても、何だか温度が低い感じでして、温まっている気がしないのを気にしています。

当地のニセコ村は雪質が良いとかの評判をオーストラリア人が上げたとかが原因で、過半数の旅行者が外国人のようでして、今日訪ねた高級なレストランでも日本人が私だけのようでしたし、二次会みたいなつもりで立ち寄ったバーも外国人ばかりでした。繁盛している飲み屋をインターネットで検索して探して辿り着いているようですが、彼らの情報収集力の高さには脱帽です。

ホテルに戻っても、また、パブに立ち寄って飲み続けるのですから、ハメの外し方が尋常でないぐらいにハシャいでいまして、私は手に負えず、早々に自室に逃げ込みました。

このまま、最終日となる明日も事故がなく過ぎることを祈って就寝します。