この10日間、色々なことがあったのに記載する暇がなかったです

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妻の退院後、彼女と同居の娘と自分自身のための3食を毎日用意するのが私の日課となりました。しかも、娘の勤務の関係から彼女たちの就寝時間と起床時間がとてつもなく早いので、そうした習慣に馴染んで来なかった私には寝不足の日々が続いています。

5時30分に起床、就寝は10時30分から45分とは健康的ですね。

しかし、料理は創造的で楽しく、そして、故津川雅彦氏と同様に、病身の妻には過去の全ての献身と自己犠牲への感謝の気持ちの表現として、全ての家事は少しも辛いとは思わないのが不思議です。

幸いにも、妻は病院からの帰宅後、徐々に体力と気力を回復して来ているので、私としては今のところ遣り甲斐を感じています。この状態、いつまで継続できるのか自信は全くありません。

今日、妻が退院しました。病名は腸閉塞でした。

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朝の検温で37.6度の微熱で血液検査に付されましたが、異常個所がないことが確認され、予定通りに帰宅できました。12日間で終わったのは幸いでした。

その間に、消化器官と周辺の臓器が精密に検査され、どこも悪い個所が見つからなかったので、「大きな手術の可能性が疑われたので、消化器官と周辺臓器の精密検査を実施しましたが、全て異常なしと判断しました。かなりの健康体だということが言えます」「ただし、パーキンソン病の治療とのバランスの良い付き合いが不可避ですから、注意をしながら生活してください」というのが担当医からの最後の申し渡し内容でした。

何れにしても、大きな心配から解放されたのは本当に幸いでした。これからの家庭での療養生活が大事になると思っています。結局、私自身の対応能力に頼られるとも言えるので責任の重さを感じています。

急速に体調回復を見せている妻に来週早々の退院許可が出ました

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今日の午後の回診時の担当医からの申し渡しです。その前に病院の栄養士との面談があり、そこで退院後の家庭での栄養上の注意事項について説明を受けた際に得た私の印象通りでした。

大腸に異常なくポリープも無し、胃と十二指腸にも異常なく、通便も回復して来た。頻尿は小腸内に滞留していた消化済みの液体が腎臓へと吸収されて尿になっているのだから素人でも彼女の体調が正常化しているのを読み取れています。だから、そろそろ病院から追い出し動機が高まるだろうと思っていたからでした。

来週早々といっても月曜日の午後に同院で世話になっているパーキンソン病の医師による定例の検診が予定されているので、それを済ませてからにするのが賢明だろうと判断して、取り敢えず、消化器官の担当医の退院許可に対しては、「来週の火曜日で検討します」と答えました。

帰宅後に便秘癖を回避する方法を励行させねばなりませんが、当人も入院生活を早く切り上げたい気持ちが高まっていますので、来週火曜日退院の方向を目指して、残りに2〜3日を過ごすことになるでしょう。

「彼女は結構健康体の持ち主ですね」と担当医に言われて・・・

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入院中の妻の回復は順調です。昨日は午後から鼻から胃を通って盲腸あたりまで深く挿入されていた汚物吸引用の管と酸素吸入が取り外されました。勿論、まだ点滴用の管は腕にしっかりと取り付けられてはいますが随分と動作の自由の取り戻しができました。

腸の働きを回復するために、口から摂取を始める食物は消化の良いもので、ご飯はお粥食で、重湯から、3分、5、7と上昇することになるので、退院までにはもう少し日数を要するみたいです。当初の予想の大きな腫瘍の切除の必要は全く消えたのですが、消化器官に加えて周辺の臓器の機能などの検査が続いていますが、腎臓、膵臓、胆嚢、心臓、肺臓など多くの機能検査と形状検査が続けられているようです。

「全ての検査結果が正常です。この人はパーキンソン病以外は予想外に健康体の所有者ですね」と主担当医に言われてしまいました。これでは、退院して帰宅してから、彼女の自信が益々医者嫌いを強めそうです。

まだ、微熱があるようで、また、昨夜はひどい下痢を経験して眠る暇がなかったとのこと。ひどい便秘に苦しんだ数日前までの過去が信じられません。夜中の寝不足を早く回復して体力が戻ることを願っています。

今日から、私も行動予定を戻そうと思っています。すでに、昨晩は、習慣であった水泳に出掛けましたが、今晩は、東京の高田馬場の福祉士養成学校での外国人看護師の養成課題についての勉強会に出掛ける予定です。

大腸内に腫瘍はなく、胃の中も異常なく、徐々に回復の途に・・

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妻の胃腸内の検査結果は、当日の午後6時ごろの主治医の病室訪問で、彼女の横たわるベッドの脇で知らされました。パーキンソン病を患う彼女の状況としては朗報でした。

何と、「直腸の上に見つけられた大きな塊は腫瘍ではなく、長期に蓄積された古便の塊であった」「全て、内視鏡で砕いて体外に除去した。その奥の大腸内には腫瘍やポリープは存在しないと確認した」「胃の中の状況も異常なし」「肛門の前で古便の塊に塞がれた汚物が排便をひどく制限した結果、その前までに小腸全体に詰まった液状の消化物が行きどころがなく溜まり、とうとう胃内まで逆流して来て、嘔吐として排泄される事態になったと判断される」「現在、小腸に溜まっている液体を小腸の入り口まで管を挿入して10秒おきに鼻から外へと吸引している。パンパンになった下腹部は徐々に小さくなり柔らかになるだろう」「問題は、パーキンソン病対策用の投薬が腸の活動を制限するので、私の方は腸の活発な機能を促進するのが関心事であるという二律背反の課題にどのように対処するかでして、担当医同士で検討することになります」ということでした。

何れにしても、兎に角、危機を脱してくれたので、安堵しているところではあります。こんな初体験はしたくないものです。

最近、妻の歩行能力が著しく低下してしまい車椅子を家内で使い始めました

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前回の通院時に上体が右にどんどんと傾斜して行くのに対処する為に服用中の薬の一つの濃度というのか容量を2倍にすべく処方を受けて飲み始めたのですが、効き目が全く感じられないとのことで、右脇にクッションを挟んでも上体が横にほとんど直角に曲がったかのような状態で食卓から食事をすくって食べる状態になりました。

そして、この3日間に4回も床に転倒するように転んで座り込むことが続いたので、急遽、世話になっているケアマネジャーに連絡して車椅子の貸与を扱う業者に拙宅に来てもらいました。幸いにも当人はその車椅子を気に入ったようで、ご機嫌で座た状態で歩きを始めています。

私の提案にはことごとく拒否的な反応をする彼女でして、今回も、即刻、「足先部の出っ張りが洗面場の前面パネルにぶつかってしまって手が届かなる」などと、勝手に決めつけましたが、「とにかく、業者が来たら相談できるから、そうすれば、不都合を起さない車椅子の使用を提案してくれるはずなので、それを選択すれば良いではないか」と私。それでも納得しないので、娘に相談するように申し渡しました。翌日になったら、娘が、「ぜひ、そうしなさいよ」と言ったとかで、本人がようやくその気になったので、業者の来宅を待ちました。幸いにも同日に即座に持って来られた2種類の車椅子のうちの1つが気に入ったようで、取り敢えず、試し使用をすることになりました。

車椅子は両手で車輪を押すだけでなく、足置きペダルを外して、両足を床につけて左右に互い違いに前後に動かして前へも後ろにも移動できて、歩行器よりも移動速度を早めに操作できる上に、トイレの中にまでも入ることができるので、それに頼ることが常になりそうです。

私としては、何とか、自力歩行の能力を回復させられないかと希望を捨てないようにと思って、本人を車椅子から立ち上がらせて、彼女の左脇で右腕と右手を支えて前に歩くように促して、歩行の調子を思い出させたりしています。

次回の通院が来週に予定されているので、それまでは、彼女の歩行能力の維持に努力して行く積りです。薬の服用量を含めて、その後の生活について指導を受けるつもりです。

私の姉の育った跡地あたりを甥に案内しました

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一昨年末に他界した姉の息子、即ち、私にとっての甥が、彼女が育った場所周辺を知りたいと希望していたので、今日、彼を案内しました。彼の母親が生前にしばしば話していたという土地を見聞したいと乞われたからでした。

私達、姉弟などの家族が25年余の間、一緒に住み、40年以上も昔に離れた家はすでに建て替えられていて、付近一帯もすっかり景色が変わってしまい戸惑いました。しかし、家の前の道路の真正面にあり、唯一の目印と思っていた「清水屋」の看板の掛かっていた鮮魚店が残っていたので、甥に正確に示すことが出来ました。

そこの82歳と称した店主は、私たちの両親のことをしっかりと覚えてくれていて、思い掛けず「生き証人」となって色々な話を甥にしてくれました。

その他、私たち姉弟の通った母校の小学校は今でも存在していましたし、遊び場であった神社や寺にも案内出来ました。そして、米国の考古学者として来日して、日本で最初に発見したという大森貝塚にも案内出来たので、甥は、実母が時折話していたという場所を実地確認できたようで、たいそう満足してくれました。

パーキンソン病を患う妻を指定難病患者として登録する申請書を提出しました

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歩行能力を急に失ってしまった妻を昨年末に二週間ほど入院させて理学療法士などの指導を得た結果、何とか自力歩行を短距離だけ出来るまでに回復して退院させたことを、このブログにも書きました。その際に、難病指定の申請をするように勧められ、そのことに同意したら、医師から診断書が発行されました。

その診断書は3ヶ月間だけ有効で、今月25日にその有効期限を迎えるので、それまでに申請書を提出せねばならなくなっていて、今日、何とか、それを果たしました。申請書の作成の手引きを見ながら作成する過程で、同居家族全員の住民票を取得したり、本人の所得と非課税の証明書と住民票と保険証などの写しに加えて、家族全員の書類も揃えねばならないと解釈してしまい、それらを役所などから発行してもらおうとしていたのですが、健康保険証の発行元名と番号が同一の加速の物だけを添付すれば良いようにも読み取れる箇所に気づいたので、申請書の提出先に出掛けて確かめたところ、患者本人の保険証が独立したものであって、他の家族の関連書類の写しは不必要であることが分かりました。

そこで、持参して行った書類が揃っていたので、その場で、申請書を受け付けてもらうことが出来て、手間がそっくり省けて助かりました。認定の可否判断が4ヶ月後ということですから、盛夏の時期になるようです。

そのメリットは、医療費の若干の減免と医療器具の値引き購入と同様の患者を対象に催される各種の講習会などの案内書の受領などのようです。申請の手間の割合には、少ない気がしますが、患者家族との交流の中で、別のメリットを享受できる方に期待をすることにしています。

どんな利便性があるのかはこれから経験することになりますが、難病患者の指定を受けるには4ヶ月ほど後の事になるようです。

元旦、何だか良い兆候。妻が一人歩きを始めました。

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仕事始めとして彼女の歩行練習に付き添ったのですが、拙宅から片道400mほど先にある郵便ポストに追加の年賀状を投函することを目標に外出したところ、往路の歩行の調子が良かったので、私の肘に寄り掛かって歩く癖を無くすことを狙って、彼女に、「ここから少し僕に寄り掛からずに、向こうに見える横断歩道の手前まで自力で歩いてごらん」と行って、一人歩きを促したら、怖がらずに交互に両手を前後に振って、歩き始めました。

思ったよりスムーズに歩き出したので、「その調子、その調子。急がずにゆっくりね」と励したところ、10mほど前方の目的地点に辿り着きました。すると彼女は、「じゃあ、その先の電信柱まで歩いてみるね」と言って、自発的に歩き出しました。そのようなことを2〜3回繰り返すと、明らかに自信を取り戻したのか、彼女の顔つきに変化が現れ、自力歩行に前向きな姿勢を見せ始めました。

私の作戦が成功して、この調子で毎日の歩行訓練に自力歩行の要素が多く含まれるようにして行ければ、若しかしたら、自力歩行が当たり前になる生活が再現できるかもしれないと、私自身が励まされました。

さて、そうなるかどうか祈る気持ちが募っています。

リハビリ・デイサービス施設に通うことに妻が同意しました

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娘の強い勧めに応じて施設見学から帰って来た妻が「印象が良かったから通ってみることにする」と言い出した意外なコメントに驚きました。いつも私からの提案や勧めに対して、すぐに否定的な反応をする彼女にしては異例のことです。もっとも娘の勧めに対しての反応ですから異なるのかもしれません。

雰囲気が良かったとか、リハビリ担当の職員の言葉遣いやマナーが好ましかったからというのが理由のようですが、これも大切な要因ですから、兎に角、第一印象が良かったのに安堵しています。

どのように参加日程や条件に合意して行くのかは、年末年始の休みお間にゆっくりと検討したり、地域プラザのケアマネと打ち合わせて行くとのこと、私としては、何とか最初の第一歩を踏み出せるとこまで進んで行くことを願っています。