パラリンピックでのメダル獲得目標未達成は日本の後進性そのもの??

リオ・パラリンピックでロンドンでの16個より多い24個は獲得できて良かったかもしれませんが、金メダルがゼロで、メダル総数40個という目標の60%で終わったというのは、我が国の現状の何かを示唆しているのではないでしょうか?

私は、障害者の存在や彼らの生活への理解についての国民的意識の低さに国家的な政策の欠陥が大きく影響を及ぼしているからだと思っています。

先日の神奈川県相模原市での施設での大勢の障害者が殺傷された事件では、マスコミを始め世論が急に聖人振った口調で、「障害者差別や偏見は悪である」と報道したり論評する世論一色になったようでしたが、では、新たに障害者施設を建設するというようなプランが提示されたら、候補地の周辺の住民の反応は、恐らく拒否色の強いものになるだろうと推測されます。

このような偽善性が未だ日本人の気持や考えに存在することは否定できないのが真実であるのです。

こういう世相と私たち国民の心情に変化が起こり、障害者の生活支援が大幅に良化して、その結果として障害者スポーツの普及が加速化して行かなければ、パラリンピックでのメダル獲得数が増えて行くはずはないでしょう。

例えば、健常者が泳いでいる町のプールに障害者が普通に泳ぎに来る例が増えるとか(残念ながら、私が通っているYMCAの大衆向けの利用料の安いプールでも1〜2人の知的障害児しか泳ぎに来ません)、また、障害者バスケットボールの練習のために、障害者が車椅子に乗ってプレーすることを許す体育館が増える(フロアーが傷つくからという理由で拒否するところが多いです)ということが起こらなければ、我が国の障害者スポーツがオリンピックで競えるレベルに到達するはずがないからです。

残念ながら、我が国と日本国民の障害者スポーツへの理解と支援の意識は、未だ未だこういうことから程遠いのが現状だと思うのは、私だけではないでしょう。

より多くのメダル獲得には、大変に多額の費用支出が必要になることを覚悟して掛からなくてはなりませんし、何よりも、国民の障害者の存在と生活支援への理解と覚悟と了解が必要になるのですが、それには、国家政策とマスメディアの先導が不可欠です。

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