妻の歩行能力の維持・向上の見通しは厳しいと予想しています

歩行器への依存に戻るとなかなかその器具を放棄するのは至難だろうと思うからです。昨日も私からか最高に厳しくたしなめたのですが、どれだけの効果があるでしょうか。「シャツを4枚運ぶのに歩行器が必要だったから・・」との言い訳に私は、「1枚ずつ運んでも良いではないか。時間はたっぷりあったのだから急ぐことなどないのに・・」「とにかく、歩行器に頼るというのは安易に流れるということ。まるで麻薬患者が『少しだけ吸っただけだ』と言い訳しているのに等しい。そういう言い訳が通るとしたら、2週間の入院生活を無駄にすることになるだけでなく、再入院したくなるだろう。」

「そうして歩行能力を低下させるなら、僕はあなたのリハビリを手伝うことを辞退する。入院中のリハビリだって、毎日通った私が、職員の10倍以上も、手伝ったから回復したと思わないのか? だから、私が補助しない再入院など無駄なだけだ。」

「あとは、娘と相談して、今後どうするのか話し合ってごらん。僕は歩行器利用は『百害あって一利なし』と信じている。杖を使うなど別の器具の使用を検討すべきだ。『あれはダメ、これはできない』と、他の器具の使用を排除するならば、医師が期待している通りに、自力歩行に努力するしかない。それが医師にも期待されているのだ」「私は、約束した介助は実行する。その間にあなたの言動を注視する」

再度、「歩行器は麻薬だと思うべきだ。それにすがれば歩行能力は目に見えて衰えるのが必然だ。歩行器に嫌悪感を覚えるようになって欲しい。私の本心は、それを破壊してしまって、眼前から取り払いたいほどなのだ」と私は訴えたのだが、本人は納得していない気配なので、私の目が届かない時には、それに依存してしまうだろうとの懸念が強いです。

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