友人の弟の比国での老後生活の世話で日比の文化の相違で苦慮しています

当方からは何の世話をお願いしたのでないのに、現地での私の友人(比国人)が渡航を希望している当人(日本人)に直接連絡して、自発的な好意から世話を始めたのですが、それが、結局、日比の文化に根付く発想とか感覚の相違が原因だと私は解釈するに至っています。

渡航する希望を抱く当人(日本人)は、「大都市でない土地の田園環境に接しながら、のんびりと老後を送りたい」と希望していたのに、彼の生活費を手持ち資金で賄い切れないとの判断から、不足分を近隣住民(農民や一般住民や学校の先生までも対象らしく)を対象に少額の金貸をして補うという考えから、その比国人が当の日本人に「500万円を急いで送金しろ」という話に至ったようなのです。何となく「振込み詐欺」を思い出しました。

当人から、私の友人であるこの人物を「信用して良いだろうか? 大丈夫ならば先方の行為に従って送金したい」とか、「その友人夫妻の経営する事業の手伝いをして、小遣いも稼げるし・・」とも言うのです。私は、即座に、「当初の話と違って来た」と思い、「当人が信用できるかどうかの問題よりも、あなた自身が当初の計画を変更するのですか?」「外国人が金貸業を公的許可を取得しないで始めるのは、通常な日本人の感覚からはズレていませんか? 現地で、誰かに税当局に垂れ込まれたりしたら、犯罪者として、日本に送還される恐れがあるでしょう!」「そもそも、500万円を住所の定まる前に送金などできないですし、定年退職者ビザが取れる前に行動したら具合が悪いでしょう」「現地人夫妻の事業を手伝うのも、その報酬を税務当局に届ける必要が出て来る行為でしょう」と言って、「そういうことは、所定のビザを取得した後、現地に定着してから、法的に問題がないことを確認してから始めるのが賢明ですよ」と返答しました。

「でも、現地人は、大丈夫だと言うし、好意で言ってくれているから・・・」と当人は抵抗しました。「当の現地人夫妻の事業を手伝うとしたら、市街地に日参することになるから、田園環境でノンビリな生活をという、根本的な希望が実現できなくなるでしょう?」と私。「金貸しなどというイメージの悪いことに、外国人が手を染めて生活することで良いのですか?」 私の親しい長年の日本の友人の弟君だから、応援しようと思ったのに、「些か、程度の悪い日本人だったのだろうか?」と、私の応援意欲が萎みました。

ところが、当のフィリピン人夫妻は、当然ながら、「せっかく好意で提案したのに、私達を悪者のように見るのは許せない」と怒りだす始末。「こんなことは当地では常識。フィリピン人なら誰でも少額の金の貸借しはしていること。日本人が表面に出たくないなら、私たちが代理でしてあげても良い」と譲る気配なし。

私は、ここで、「なるほど、これは両国の国民の文化に根ざす感覚と考えの相違だ。日本でも少額の金銭の貸し借りは行われているかもしれない」「でも、誰かの生活費の工面のために、手持ち資金で金貸しを銀行のレートよりも高率で始めたら、それは定期的な商行為となり、税務当局に事業申請をせねばならないかもしれないし、滞在ビザを供与する移民局が許可するとも思えない。比国人に代理で行ってもらっても犯罪的な匂いは拭い去れない。ましてや、長期滞在ビザが認可される前から当人が開始する事業にして、後日それが発覚したらビザの取り消し、本国送還になりかねない」「比国民にできることでも外国人、しかも、『そこそこ行いの正しい人物イメージを持って生活することを期待される日本人』が関わるべき金稼ぎ行為としては許容できないだろう」との思いを私は固めています。

「何を言っているのだ! フィリピンでは当たり前のこと。彼のために提案したことなのに、私たちを信用できない人間だと決めつけるのか!」と、まるで「絶交だ!」と言わんばかりの剣幕。

私は、「絶交しても構わないよ」と内心思うのですが、「この問題、将に、異文化に根ざした感覚の相違、考えの違いだ」と思って、腹立ちなどは込み上げて来ていません。しかし、「日本人に手を染めさせるのは回避させたい」との思いは強いので、たまたま渡比に同意している当の彼の奥方が電話に出て来た際に、「夫との電話での会話を漏れ聞いていて、私は、あなたの意見に全面的に賛成です。何だか、話が変わって来て、私には判断できない方向に進みそうなことになりそうで心配しています。」と言われたので、「それなら、奥さん、あなたが強く反対することしか、この話を方向転換させられませんよ。『こういう収入の工面をしてまで、私はフィリピンで暮らしたくない』と言われることしか、当地で世話をしたがっている当のフィリピン人へのあなたの夫の対面を守りながら、方向転換する妙案は見当たりません。あとは、ご主人と話し合ってください」と申し上げました。

こんなことで、異国文化と日本文化、異国人感覚と日本人感覚、その相違に遭遇するとは予想外のことでした。

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