子供用車椅子の海外寄贈の目指すべき方向を提言しました

先日の3泊4日で比国に出掛けた意味について、比国への寄贈を担当する者として、、NPOの仲間たちに対し、ようやく声高にPRできそうな局面を作り出したという達成感を抱いています。出張報告書を会のホームページの第一面のトピックスとして掲載しました。 http://kaigaikurumaisu.org/
このブログでも時々説明して来ましたが、子供用車椅子の海外寄贈活動で最も大切で、そして、手間の掛かることが、この種の車椅子は受益者に一度提供したら、それだけで、その活動が完結しないという課題が始まります。何故ならば、大人用の車椅子と異なり、子供用の小さな車椅子を使用する児童は、3〜5年の時間の経過と共に成長する彼らの肢体にその車椅子が合わなくなってしまい、彼らの生活が安楽ではなくなることが始まるからです。
経済的に貧しい親でも子供の成長は嬉しいもので、大きくなった肢体に合う衣服を買い与えて喜びを感じるものですが、日本では、小型の車椅子は高価なのですが、その価格の90%を公的資金、即ち、国民の税金で支援する制度が確立され、子供達の不自由さをかなり軽減しています。そして、更に、彼らが成長して肢体が大きくなった時に、公的機関に申請すると、サイズが大き目で肢体に合致する車椅子を新たに入手することが可能になっています。
一方、海外、特に、発展途上国では、こうした支援策を実施している例は極めて少ないのです。皆無と言っても言い過ぎでありません。先進国の中には、コストの節約のために、車椅子の構造に工夫を施し、車椅子のサイズ、特に、腰幅のところを長く伸ばせるように構造的に工夫を施す国がありますが、肢体のサイズや形状に合わせて新たに製作し支給する制度になっている日本では、個々の児童の身体的な都合に巧妙にフィットするように車椅子が製作されます。しかも、繰り返し、その費用の90%が公的な資金で賄われることで、車椅子が常に新調されるという訳ですから、かなりの厚遇な制度が運用されています。
私は意図的にフィリピンへの寄贈に専念していますが、その国では脳性麻痺児童だけで2百万人もいるとの統計があります。当方が充足しているのは、僅かに700人ですから全く焼け石に水です。そして、農村や漁村での貧しい家庭では、脳性麻痺児童が続けて3人も生まれているという悲惨ささえあるのです。その多くの原因が、妊娠中の母体の健康管理に全く無頓着になっているのが原因であり、彼らがあるべき生活態度を自覚し規律を保った生活をしないならば、同情の余地がないほど悲劇が繰り返されている事実があります。
「私たちだけがこんな不運に見舞われて・・・」と同情を求められても、「あなたの方でしっかりと衛生上の気配り、食物への注意、夫の優しさ、妻の注意がなければ、次の子供も、脳性麻痺の子が生まれるよ」と言いたい場面に遭遇します。しかし、生まれてくる子供に罪はないので、車椅子を提供する必要はあるのです。
何れにしても、発展途上国に肢体障害児に子供用車椅子を使ってもらうようにするという当会の理念や目的は正しいのです。しかし、子供用車椅子は、子供の成長とともに小さ過ぎるようになり、汚れ、故障して行きます。これが、最大の難題なのです。
それを1回限りの寄贈で満足して放置して行くと、寄贈される車椅子は3〜5年後に大半が粗大ゴミになります。一回限りの寄贈は大変に高価な寄贈活動で終わります。平均して、私たちの寄贈では、無償で集めた車椅子が清掃・修理・調整され梱包されてコンテナで寄贈国に運ばれるだけで、100ドル、約1万円になります。初めての車椅子の提供で、相手がもの物凄く喜び感謝する姿に感激するだけで、3〜5年後に為すべきことの準備をしないで満足して帰国して来てしまうと、日本で起っている粗大ゴミ化が被寄贈国で発生し、贈呈式は中途半端に終わり意味を成さないと私は信じて来ています。
必ず、寄贈式の場で、親御さんに、「この場の喜びは一回で終わります。首尾良くお子さんが育ったら、この車椅子は小さくなり、使えなくなります。だから、この車椅子はあなたのお子さんに寄贈するのではありません。あくまでも3〜5年間の貸与なのです。お子さんの世話をしている施設には寄贈しています。それをあなたのお子さんに貸与しているのです」「お子さんが大きくなったら、また、大き目の車椅子を私たちから提供して、この小さな車椅子は、今回使う機会を得られなかった別の子供達に使ってもらえるようにしますから、この車椅子を丁寧に使ってくださいよ。今回貸与されずに次の機会を待っている数人の子供達が3〜10年後に使う車椅子であると思って、大事に使ってくださいよ」「タイヤから空気が徐々に抜けて行きますから、毎月一回は空気を補充してくださいね。空気は、この施設で入れてもらえますから、必ず、毎月入れてください。」「タイヤがペチャンコになるのは、釘が刺さったりするからでなくて、自然の空気の抜けの結果ですから、定期的にしっかりと空気を入れてくださいよ」「そして、この車椅子が、良好な状態で、次の子供の使用に繋がって行くように、丁寧で、綺麗に使ってくださいよ」などと、私は、その場で親御さんにお願いして来ています。
実は、多くの国では、そのような指導をしないままに、贈呈式での大騒ぎの喜びに、私たちの仲間達までが、我を忘れてしまい、そのまま帰国して、「喜んでもらって、よかった、良かった」で、済ませる傾向が今でも続いているようなので、私は、密かに、内心、心配して来ました。
以上のような理屈が、当会の会員やボランティアさん達がすぐに理解できることではないことを私は会員との付き合いから分かっています。「理屈を全面に出して議論するのは無意味だから、先ず、フィリピンで使い古された車椅子を引き取って清掃・修理・調整の作業ができるようにしてから、他の会員を説得しよう。」「寄贈先国でも日本の当会で出来ていることを実行できるという実例を作り上げてから、説得の努力を始めよう。」と考えて来たのです。「そうしたリサイクル作業を被寄贈国で行えるようにならないと、私たちの日本からの寄贈活動は挫折する」と私は会員になった当初から信じて来たのです。
そうでなければ、「私たちの子供用車椅子の海外への寄贈活動は、国費や篤志家の善意の寄付金を使って、日本で粗大ゴミ化している車椅子を海外に放り投げ隠しているだけだ!」という毒舌者の餌食になるだけだという私の当初からの懸念が現実になるのではないかという心配が払拭できないと思って来たのです。
こうして、ようやく、フィリピンで使い古された子供用車椅子を再生してリサイクル使用することができるような段階に至ったという或る種の達成感を味わっています。そのことを今日のブログの冒頭に言いたかったのです。
私の推定では、当会が今までに寄贈した車椅子の総台数、約7000台のうち、2000台は大きめの車椅子に交換しなければならなくなる時期が1〜2年後に迫って来ていると思っています。私が担当しているフィリピンでも既に150台が交換されなくてはならないと推定しています。今回のフィリピンでの新たな局面の第一歩が、他の会員、そして、他国の被寄贈団体や、その先の家庭の人々の意識を変えて行くようになることを私は強く祈っています。
一つ、大きく深呼吸をして、他の国でもフィリピンの実例を見習って進んでもらいたいと願っているところです。

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