松下政経塾の卒塾式に招かれて、新卒者が直ぐに国会議員を目指すことに疑問を感じました

 私は10年ほど昔に松下政経塾の事務部門の責任者として1年間だけ奉仕したことがあります。その関係で、昨日、同塾の卒塾式に招かれました。5人の若者たちが巣立つ門出を祝う人々の中に加わり、それなりに有意義な4時間ほどを過ごしました。しかし、何か割り切れない気分を抱きながら帰途に着きました。

 松下政経塾の生い立ちを少し説明しましょう。創設者は、戦後の廃墟から日本経済を立ち直らせることに懸命に努力し、実業家として大成功を納めた故松下幸之助翁です。日本は政経の両輪がバランス良く繁栄していない、即ち、政治の余りの貧困の続くことに耐えられずに、一心発起、既に老いた自分に代わり日本の政治を良くする若者を育てようとして私財70億円を投げ出して財団法人松下政経塾を立ち上げてから30年が経っています。海のものとも山のものとも行方の保証のない試みが、今では卒塾生240名、政治家50名を超える排出、内、国会議員31名、県知事、市長など枚挙出来ないほどの成果を誇るようになっています。テレビの政治報道番組では松下政経塾出身の政治家がしばしば顔を出すほどです。

 世界でこれほどユニークな政治家育成機関はありません。一つだけ、米国のハーバード大学にあるケネーディースクール(ケネディー大統領に因んだ学部です)が似ているといわれますが、その学校の卒業生は1000人もいますが、政治家になっているのは10人か20人と言われていますから、松下政経塾の政治家排出率は飛び抜けて高いのです。

 私は、それはすべて創塾後の数年間に故松下翁の熱意溢れる直接の薫陶を受けた卒塾生が筆舌に尽くせない自らの苦難と努力を経て積み重ねた成果であり、その結果築かれた松下政経塾のブランドイメージだと思うのです。最近は、そのブランドイメージを安易に利用する風潮が出て来ていまして、ある種の危惧の念を深めています。簡単に言いますと、塾に入って来る若者も、外の政党も、松下政経塾のブランドイメージを自分達の利益のために安易に利用しようとして群がって来ている傾向が見られるのですが、それをどのようにして巧みに塾当事者たちがさばいて行くのだろうかと危うさを禁じえないのです。

 政治家になるのに手っ取り早い道は松下政経塾に入塾して3年間を過ごせば、運が良ければ国会議員になれる。そう思って塾の門を叩く。政党、殆どが、民主党と自民党ですが、松下政経塾出身の立候補者は、その爽やかイメージで当選し易い、させ易いから、擁立するという構図が出来ているように思えるのです。事実、今年の卒塾生の過半数が今夏の参議院選挙に担ぎ出されそうになっているようです。昨今の民主党は時流に乗っているので候補者探しに苦労をしていませんから、お誘いの手はイメージチェンジを若手候補者で図りたい自民党から伸びて来るでしょう。若気の至りで誘われたら乗ってしまう。実力のなさなど気の弱さと見做され、そういう謙虚さなど邪魔になって来るでしょう。

 塾の関係者の中でも戦勝ムードが高まって来て意識の狂いが出てはいないのかと心配です。学校であれば、卒業生はどんな進路に向かって歩んでいようが一人ひとり平等に扱われます。卒業生に序列を付けないのが学校の良さですし、それが学校の真髄であるのですが、どうも最近の松下政経塾の雰囲気は国会議員、知事、市長でなければ政治家でなく、卒塾生ではない。卒塾同窓会であれ、塾の行事であれ、そういう地位を得ている人物がゲストとして崇められ壇上へと紹介される。従って、政治家でない卒塾生は滅多に塾の行事に顔を出さない。やはり居心地の悪さを感じるのでしょう。何かが狂って来ていないか、取り越し苦労の傾向のある私は心配になって来ています。

 私は、奉職中に、「卒塾生がすべて政治家になる必要はない」と思っていました。政治家にならなくても日本を良くすることに貢献は出来る。政経塾で学んだことを生かす道は沢山あって良い。50歳になってからでも政治家になれる。ならなくても政治家になる卒塾生を支援できる。そういう卒塾生が沢山居て、それ等の全員の集団が松下政経塾であると思ったものです。

 塾生としての自己研鑽のみならず卒塾生としての苦労を通しての修行をタップリ積む機会を求めずに、安易で近い道を求めたり掴んだりして失敗してしまうのではないかと心配でなりません。松下政経塾出身者ではなかったのですが、民主党の若手の永田という国会議員がいました。小泉総理時代の自民党のスキャンダル探しに躍起になりアサハカにも醜聞を曝け出した挙句に自殺しました。あの幼さが怖いのです。そういう危惧を抱かされた昨日の卒塾式の雰囲気、それが気になって仕方がなかったのですが・・・・。暴露話になっては不本意なのですが・・・

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