アメリカ合衆国とカナダの自由思想の差を学ぼうと思っています

 カナダまで行って何を学ぼうとしているのかとしばしば尋ねられます。学びたいことは沢山ありますが、最も知りたいことは自由思想を支える根幹の考え方です。例えば、日本や中国を含めた東南アジアの傾向として、国家の利益が個人の自由よりも優先するという考えが強いようですが、欧米では、国家利益の保護の名目で安易に個人の自由を制限してはならないという考えが支配しているようです。いったいこの違いはどこから出て来るのでしょうか。少なくとも、私は、その理由を学生時代は勿論、社会人生活の間も、知ることがありませんでした。それを学びたいのです。

 言い換えると、日本でも中国でも、国家利益が損なわれる事実が出て来る前に個人の自由が制限されることがしばしば起ります。卑近な例が、アメリカが起こしたイラク戦争の最中に日本人のイラクへの渡航を事前に禁止した日本政府の方針であり、インターネットの検索エンジンのGoogleが嫌った中国政府の事前の厳しいアクセス禁止方針です。事実、先日私が中国に出かけた際には、広東省のホテルから、この私のホームページにアクセスすることまでブロックされてしまいました。私のホームページにアクセスを許可して欲しいと、私が事前に申請して許可を受けていないからです。事前に中国政府の方針に合意して運営しますと宣誓しているYahooやMicrosoftなどにはアクセスが許されています。一方、欧米では、個人の自由がそのように事前に制限されることを強く嫌います。実際に国家利益が著しく損なわれた事実が発生した時に初めて規制すれば良いことであって、それが損なわれる前から個人の自由を制限すべきではないという考えが支配的であるようなのです。

 しばしば私は例に出すのですが、イラク戦争の最中に渡航禁止令を無視して日本人の3人の若者がイラクで反米ゲリラ部族に捕まってしまった事件が起った当時の不思議な出来事です。当時日本では政府のみならず世相は、その若者達を国賊呼ばわりして厳しく非難していたのですが、その熱が冷めていない時に訪日した当時の米国政府のコリン・パウエル国務長官が東京の早稲田大学の大隈講堂でスピーチをした後に聴衆の学生から、「あのような日本人の若者の行動についてどう思っているのか?」と尋ねる質問に対して、「あなた達日本の学生さんは、あのような勇気ある若者が居ることを誇りに思うべきです」と答えたことに私は驚愕したのです。彼等若者達を最も口汚く非難しても不思議でない米国の政府高官が、非難するどころか賞賛しているかのごとく寛容な考えを述べたのです。そして、その発言に対して当時のブッシュ大統領からも異論が唱えられなかったことが私には不可思議で仕方がなかったのです。その疑問は今でも強く私の心にあるのです。 いったい、このような個人の自由を尊重する思想の根幹はアメリカ人の心にどのように植え付けられるのでしょうか。日本で生まれ育ち教育された私には理解できないことなのです。

 ところがです。アメリカの隣で最もアメリカ文化に近いはずのカナダで、米国とは異なることがあるのです。実は、カナダでは、一般市民はピストルを所持することを禁止されています。ご存知の如くアメリカ合衆国では個人のピストル所持は自由です。その結果、同国では3億丁以上のピストルが所持されているそうです。オバマ大統領が個人のピストル所持を制限しようとするのに対して、「自分の命は自分で守るのが最も正しく、最も大切な個人の権利である」と信じるアメリカ国民が多いのです。ところが、隣国のカナダはそうではないのです。実は、個人のピストルの所持の原則禁止の法律のお陰でと言って良いのですが、犯罪率がとても低いのがカナダなのです。とても安全なのです。ですから、私は、米国に住もうとはせずにカナダを選んだのです。しかし、この自由の制限への考えは何に依拠しているのでしょうか。それを私は先ず第一に勉強してみたいのです。

Comments

1通の返信 to “アメリカ合衆国とカナダの自由思想の差を学ぼうと思っています”

  1. kubo noriyoshi : 2010-05-07 10:05 AM

    国家利益と個人の自由の関係についてはアメリカ合州国憲法の前文も参考になるのではないかと思われます。
    国家は目的ではなく、個人の自由な生活を支える手段との考えが基本にあると思われます。

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