良い成績が取れなくても、新しいことを学習できることの楽しさが大切ですね 

 他国の大学で全く初体験の形式の授業で毎週800分4科目を学び始めて丁度ひと月が経過しました。私の日本での大学での授業では中間試験があったようには記憶していませんから、今週と来週にかけて全科目の中間試験があることに戸惑ったり、兎に角、授業の進行に合わせた宿題が、毎週のように、しかも、すべてが2~4ページの筆記式、すなわち、小論文の提出というのも初体験でたじろぎを感じています。加えて、英語の専門用語がふんだんに出て来ているのを記憶した上で対応するのですから、私への負荷は予想以上に大きいです。ハッキリ言って私の今の実力では4科目は過酷です。運動する時間も娯楽をたしなむ暇も交友機会も奪われています。何故そうなってしまうような科目の選択をしてしまったかと言いますと、日本を出発する前に、入学許可証との引き換えに送金した入学金と学生組合加入費と授業料が5500ドル程度だったことに関係しています。

 先払いの授業料が12単位分だと言われていたので、それを私は学期毎に取得せねばならない学習単位数が最低で12単位だと思い込んだからなのです。ですから、私は当地到着後の履修授業の選択の際に疑問を抱くことなく、12単位分の授業、即ち、4科目を申し込みました。12単位を目指す科目数を履修しなければ、就学ビザが取り消されるものとも思っていたのです。ところが、これは当地の一般学生の学期当たりの科目数としても標準以上なのだそうです。特に、一般教養のように相互に無関係の科目を履修するのであれば、3科目9単位が普通だということが、この段階になって分かって来たのです。特に、母国語以外の言語で学習することのなかった外国人学生が、カナダに来た直後から英語で4科目を履修するのは異例と言いますか、過酷なことらしいのです。

 私としては、授業だけであれば、週に800分であれば一日当たり160分というのは少ないくらいだと思うのですが、これだけの多量な宿題を伴うと、かなり、負荷が上がるということを予想出来ませんでした。中には、宿題のない科目を多く交えて5科目を履修している学生もいるのですが、英語での専門用語に馴染んでいない私が最初から4科目というのは無謀でした。昨日のブログで報告したThanksgivingの夕食会に招いてくれているカナダ人の大学講師が、私に、「お前は勇気があるよ」と言ったのは、多分に「無謀なことを良くやるね!」という意味を込めてのことだったのかもしれません。

 しかし、私は、そのような選択をしたことは決して悪くなかったし間違ってもいなかったように今でも思うのです。勿論、余暇も取れない学生生活は不健康ですから、来学期からは3科目か2科目の履修に減数しようかとは思っています。

 それでも「良かった」と何故私が思っているかと言いますと、第一に、久し振りに極めて厳しい学習日程を再体験できていることです。大学受験時代を思い出しています。こういう時代が自分の過去にあったことを懐かしく回想しています。

 第2に、英語の専門用語などを知らない身で学習していることは、それだけ新しい英語の単語を覚える機会を得ていることになりますから、外国人なら苦にすべきことではなく、むしろ歓迎すべきでしょう。とは言え、これは多分に負け惜しみの言い訳であるのも事実でして、恐竜の学習での地質変化に伴う多数の化学用語の続出には閉口しています。堆積岩、変成岩、炭酸カルシューム、炭素、炭化現象、その他、専門用語が続出して来て、今日も担当教授に「日本語の用語なら知っている用語もあるから何とかなるかも知れないけれども、英語の用語は全く知らないものばかりなので正直言って参っています。名詞も動詞も初めての言葉なのですから・・・」と言ったら、うなずいて笑って居られました。

 この点では私は全く不利な状況に立たされています。普通の生活用語で済む分野ならばまだしも自然科学用語にはお手上げです。でも、恐竜の世界の想像とか、岩石や地層が地下にもぐってマグマの上昇に伴い再び地表に隆起して来たなどというスケールの大きな話を聞きながら学習できるのは新鮮です。聞いて楽しむだけで価値があります。

 第3に、授業の進め方が多分に双方向的でして、教える側と教えられる側に対話があるのです。勿論、教師側がそうする努力をしている訳です。加えて、授業の流れに沿った参考書や文献を、これはかなり強制的に読ませて、それからの引用とか宿題論文書きをさせられます。それによって授業の内容の幅と奥行きを増そうとします。学生の客観的な解釈力とか批判力を育成し成長させようとしています。このあたりの教育手法は少なくとも日本での私の学生時代にはゼミナールの環境に入るまでは皆無であったように思います。こういうことをカナダでは高校時代から実施しているらしいのですが、学生の個の確立に有効に働いているように思います。

 このように当地で学んでいることにかなりの新鮮さがあるのです。こう考えれば宿題や試験がいい加減な出来栄えでも構わないではないですか。外国での学習に憧れてのカナダでの学習が主目的ですから、すれすれの合格点で終われれば万々歳です。数回の宿題の採点結果と昨日の中間試験の自己採点結果から予想すると、先述の地質学以外は不合格を免れられそうです。70歳というこの年齢の学生なら満足すべきでしょう。

 そういう考えで行けば、この秋学期の残り2ヶ月を楽しく過ごせるのではないかと思っているところです。やせ我慢で乗り切る積りです。

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Comments

1通の返信 to “良い成績が取れなくても、新しいことを学習できることの楽しさが大切ですね ”

  1. 白い花 : 2010-10-09 6:56 PM

    今日のコメントに勇気をもらいました。
    私のように、70歳に近い者が何かすると、「あなたは勇気あるね」とか言われます。「私ならやらないよ」という意味があろうかと思います。
    やってみれば結果は不細工です。
    でも、今日のコメントで言われるように
    1、難しさを体験できること
    2、やっていることが自分なりに新鮮であれば
    3、それなりに反応があって自分も成長したと思えるのなら
    私のやせ我慢もいいかなと思いました。

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