久しぶりに落語同好会の例会に参加して笑って来ました

奉職した会社の仲間の集まりで今回は10人の参加でした。演技は余り面白くありませんでしたし、聴衆も少なく、芸の質もイマイチという感じで、何だか盛り上がりませんでした。家事の都合で、第2部の仲間との懇親会に参加できなかったので、物足りなさを感じながら、国立演芸場(東京・半蔵門)から帰途に着きました。勿論、次回も参加するつもりです。

東日本大震災記念日の今日、気仙沼市と陸前高田市での経験を思い出しています

カナダの大学で学習で生活を中断して一時帰国して、合計7回ボランティア活動をして色々な経験と知識を蓄積させてもらった両市の思い出が沢山あるのですが、そして再度カナダに戻ったのも束の間で、今度は、妻のパーキンソン病発症を発見したので、急遽、大学を中退して、日本に再度帰国して来たのですが、その後は一度も両市の被災地に戻る機会を求めないまま、7年が経過してしまいました。

被災地の人々の生活と街や自然の景観がどのようになって来ているのかを確認したい気持ちがある反面、あまり復興が進んでいない状況を見るのが怖い感じがして、両市に歩を進める勇気が起こらないというのが正直な心境でした。多分に、加齢による怠け心が募って決心ができないというのが正直なところであるようにも思っています。

テレビや新聞で復興の様子を知ることが今年の震災記念日の報道でたっぷり観ることが出来たのですが、陸前高田市のように12mも積土してしまったけれども、帰還する家庭も少なく、また、地主にも土地の活用計画が持てないということで、かなりの部分が活用の目処が出て来ないという、先の確たる見通しのないままに、防災対策をしたいという一心だけで突っ走ってしまい、今になって、その復興事業の正否に疑問が覆い掛かってきているなどのいう状況が報道されると、そういう拙速な復興事業がまだ各地で沢山起こってしまって来ているのかも知れないと想像されます。

何が良いのか悪いのか、公的資金の支援を最優先したことに反省が為され始めているということになると、どこでアクセルを踏み、どこでブレーキを踏むべきなのかについても、今後の被災地支援について、有益な反省が為されることの重要性を思い知らされた被災記念日となったようです。

確定申告書を書き上げました。明日、提出するつもりです。

昨年度も源泉徴収の税金を15万円も収めすぎたことが、私の計算では確定しました。この程度の金額の前払いが毎年繰り返されているのです。それほど高額でない年金だけで生活する国民に、このような過大な税金をピンハネし続けられる理由が理解できないのです。

これだけの税金を前払いさせられると、やはり、「取り戻さねば・・」との気持ちが起こりますから、毎年、確定申告をして、取り戻そうとするのは当然です。

全く、理不尽なことを今回もさせられました。

4月からの町内会会長を薦められ丁重に断りました

先の日曜日に来年度の町内会本部役員の候補者会議で生涯で初めて5人のジャンケンに勝って交通防犯部副部長のポストを獲得しているのですが、今朝、突然に副会長候補の二人の会員が拙宅に来られて、会長ポストを引き受ける意思がないかを問われて一瞬びっくりしました。

先週の役職の選択会合で会長職を、当日欠席した会員に押し付けるという些か理不尽な形で苦し紛れに全ポストを埋めるという結果に、当の欠席者が納得しなかったので、10年間会長職を続けて今回引退する予定の現会長が、上記の副会長候補者の2名に会長職を押し付けようとしたらしく、それに両名が納得できず、私にまでお鉢が回って来たと言う訳でした。

このままでは堂々巡りが続くと私も容易に推測ができたのですが、だからと言って現在の妻の病状では引き受ける訳にはいかないので、事情を説明して丁重に断りました。

もう一度、来年度の役員候補者が集まって議論することも含めて、私見を申し述べたりしたのですが、深入りしてはならないと心に言い聞かせて、お二人にお引き取り願いました。どのように解決されるのか、無責任ながら、見守ることになります。

その友人の自宅の外観を確かめて来たら、奥方の言っていたのと様子が違いました

家の外観を見る限り、外出するのに大きな障害になるような「急斜面で長い階段」がある訳でもなく、外の道路の傾斜がきついこともなくかなり平坦に近い極くなだらかな道でした。嘘をつかれていたと言ったら奥さんが悪者になりますが、あれほど夫婦仲が悪くなければ、要介護度4の夫が自宅に戻って来ても一緒に生活ができない訳でもないように思うのですが、彼女の方から協力とか支援への気持ちが傾かない事情があると思われるので、私は50年余の長い付き合いの夫の側の生活をどの方向に導けば良いのかについて迷っています。

取り敢えず、病人本人が別の病院で世話になるようになってからの状況を観察してから、その後の生活について相談に乗るように時間稼ぎをするのが賢明だろうと思うのです。他人の私生活のことなので、その当事者たちの考えに沿いながら手伝うことしかないと自覚しているところです。

老年を迎えての人間の生活が安定しないのは辛いです。

去年の10月に動脈解離で大手術をした友人の命は救われましたが、しかし・・・

昭和38年、1963年の春に同期入社した友人なので随分と長い付き合いになります。彼が3回も手術し、加えて前立腺癌を患っていて、同じ病院にとうとう丸5ヶ月も入院が許されて来てしまいました。許されて来たと言うのは、大きな総合病院は入院患者が少し病状が安定してくると待ち構えていたように近くの病院に転院するように進めると言うのかしばしば中ば強制的なような圧力を掛けて転院を要求してくるのが常です。彼の場合は手術を繰り返したので主治医が様子見を延長したので、これほど長期に止めてくれたのですが、ようやく病状が安定して来たので、別の病院に移ることをかなり強く要請されています。

左ひじから掌、指先まで完全に麻痺しているので、要介護度が4になり、それでもようやくベッドから一人で起き上がってトイレに行って用を足すことができるまでに回復しました。しかし、前立腺癌を患っているので、自立の生活が困難であろうと推測されます。

不幸なことに、奥さんと2人のお嬢さんとの折り合いが極めて悪いので、自宅に戻って生活できる可能性が低いという境遇で、今後の生活場所の選定で悩んでいるのが分かります。幸いにも言語障害を回避できているために、生来のワガママを抑制できず、家族との関係悪化の軽減の見込みがないのが明らかです。本人が自から非を全面的に認めて懺悔しないという頑固さが和解を妨げていると私は思っています。最後のところで本人が素直になって欲望を引っ込めない限り合意に至たることはないように思うのです。

本人は世の中の平均を超える額の年金を得ていると思われますが、過去の浪費癖が災いして貯金が殆どないためにこれからの生活形態を定めるのに選択肢が狭くなっています。奥方は薬剤師として現在もしっかり職を確保しているのでいつでも離婚でも別居でも選択できるし、独立した生活すら営めるので極めて同居を拒みかなり強気です。この勝負は彼女が断然優位なので、夫の彼は全面降伏したら良いのに我を張るので私も仲裁しようがありません。

もう少し様子を見ながら解決点を探せるように努力して見るつもりです。大阪に住んでいる別の親友は「あまり深入りするなよ。嫁さんが逃げたらお前に負担が掛かるぞ」と警告してくれています。

安易に中国人留学生を非難することの不適正さにうんざり

昨日、福祉教育開発研究会に出席して、介護士養成の専門学校での悩みの一つである「適応障害生徒をどのように扱って首尾よく資格を取らせるか」というテーマを掲げて主として専門学校の先生達を聴衆に集めての討論会を傍聴する機会を得ました。

高等学校をかろうじて卒業した若者や会社などの勤務先でリストラの餌食になって失職し失業保険金を得ながら異職種すなわち介護福祉士への道を歩もうとしている中年の生徒が適合障害の挙動を示してしばしば教官を困らせる事例が出るのですが、そういう生徒たちと一緒に海外から来日して日本語能力の不足や生育環境や慣行の違いから養成学校での授業の進行に支障を及ぼす留学生を適合障害生徒として扱って、彼らを含めて、シンポジュウムで討論をすることに、私は強い違和感を覚えながら、議事の進行を観察していました。

そこでは、自己の経験を交えて現状分析と課題を披瀝した4人のパネリストを相手にまとめ役として、或る職業学校の校長が進行役として質問し、彼らの回答にコメントを交えて自論をとうとうと述べまくってしまい、大半の持ち時間を無為に過ごしました。一向に聴衆の意見を引き出そうとしないのに、私がかなり苛立ちを覚えていた頃に、彼は突如中国人のパネリストに対して、「中国人は利己主義者が多く、先の東日本大震災直後に全員が本国に帰国してしまって、彼らの学習に協力して応援していた専門学校の当事者や彼らの卒業後の日本での就職を待ち望んでいた介護施設の関係者をがっかりさせたけれども、あなたは、そういうことをせずに長年日本の介護業界で働いてくださいよ」と発言したのに呆れた私は、思わず挙手をして、発言の機会を求めました。 [続きを読む...]

スマホのテザリングという機能でパソコン通信を行うことを覚えました

若年の人々には当たり前のことのようですが、高齢の私には初めて会得したパソコン操作技術です。テザリングというのは英語で、「つなぐこと」の意なのですが、携帯電話やスマホを広域無線ルーターと同じ機能だと私は理解したのです。

私はWimaxという広域無線ルーターを1ヶ月で5千円余の料金を支払ってパソコン通信のために使用して来たのですが、それを携帯電話やスマホのテザリングと称する機能で代用できることを、先月末に新規に購入したMicrosoft社製の軽量薄型のラップトップ型パソコン(Surface Go)を購入した際に知りました。その時に一緒に同じパソコンを買った友人がその機能を使ってパソコン通信すなわちデーター通信を開始するのを手伝った際に、私も覚えたのです。

それですと、広域無線ルーターを新規に購入して使用することが回避できる経済的な方法なのです。毎月5千円余、年間6万円余の経費を支出しないでパソコン通信ができるという訳です。

このような技術が出て来ていることを知ったのは幸いでして、少し、時代の流れから取り残されるのを避けられたような安堵感を覚えています。

この一週間、妻の排尿機能の狂いに生活のリズムが乱れています

これもパーキンソン病の影響なのでしょうか。先週後半から頻繁にトイレに通う彼女の支援に、慣れない私は右往左往しています。金曜日に担当医に連絡して病状を訴えたのですが、専門化している大病院では専門外となると的確な指示というか指導が得られず、一昨日の月曜日を待つようにして、予約外で産婦人科に飛び込んで順番を待たされること2時間余、ようやく専門医の診断で、加齢で子宮と膀胱が下腹部の底に降りて来て尿道を塞いでいるのが原因であることが超音波診断で判明しました。

落ちて来ている子宮を上部に押し込んでリングで支えて尿道を開くことで排尿を助けるという処置をしたそうで、取り敢えずの応急処置が施されたようでした。しかし、納得してリラックスした顔つきが戻ったのもつかの間という感じになりました。帰宅して午後になると、そのリングが体外に落ちて来てしまい、病状が元に戻ってしまったのです。

そこで、慌てて病院の担当医に報告しますと、翌朝再度来院して挿入し直してもらうことになりました。そこで朝8時半の診察開始時間を狙って、8時に妻とともに自宅を出て順番2を確保して待ちました。昨日の担当医とは異なりましたが丁寧な往診を受け、昨日とは異なる直径が一回り大きなリングを挿入するとのことで、妻は内診室に入って行きました。「患者の体型などの具合で首尾よく収まるかどうかは結果でしか判断できない白物」だそうで、昨日の処置が失敗であったと断定できないとの説明に納得せざるを得ない微妙な問題だと自分に理解させた感が強かったのですが、とにかく、楽に排尿ができるようになって午前十時過ぎに帰宅しました。 [続きを読む...]

拙宅にも春の訪れの気配が見られます。紅梅と白梅が開花しています。

既に、8部咲きぐらいでしょうか。あまり広くない庭先に亡母が10年前に残して逝った紅白の梅の木ですが、日頃からの不十分な施肥にも拘らず毎春このように咲いてくれます。いい加減な私の剪定にも耐えてくれているのです。

それでも今春の開花状況はかなり良い方でして、まだ寒さが続く中でも自然の営みにはいつも感銘させられます。慌しい人間社会の動きに全く動じることのない落ち着きが印象的な癒しになります。紅梅の根元の土に埋めた古い火鉢に張った水の中では3匹の金魚が目先に迫っている温暖な季節を静かに待っています。