猛暑の夏が去り確かな秋の自然現象を味わっています

妻は自分の病がブログに掲載されるのを嫌っていますので、パーキンソン病の症状を紹介できません。私の日々は、彼女に寄り添う形で推移しているので、今年に入って投稿が途絶え気味になっていると言っては、言い過ぎで、毎日や時折でも訪れていただく方々に失望を繰り返してしまい申し訳なく心からお詫びします。

私は最近は家にいることが多いので話題が少なくなってしまい、お話したいことが見つけられずに苦悩しているのも事実です。

そうは言っても、昨日は秋の彼岸の中日でして、自然は季節を裏切らないので、拙宅の鉢の中に放置して来た彼岸花(曼珠沙華)が今年も見事に満開の姿を見せてくれています。花の構成が素晴らしく精巧なので、私の好きな花の一つです。

こうした季節の移ろいの情緒に心が癒されます。

スマホは高学年の小学生の勉学に大きな害を及ぼします

成人層の人々の生活姿勢に大きな変化を及ぼしているスマホの人類への浸透ぶりが顕著ですから、すでに、この害が10代の学生に及ぼしていることは十二分に想像できます。それが、スマホを買い与えられる小学生の高学年(10歳以上)にも及び始めていますから、彼らの親の注意力と見識が発揮されないと、人類の将来に大変な暗雲が覆い始めるのではないかと、この老人は憂慮し始めています。

昨日のYMCAでの英語教室で観察した感想ですが、夏休みを終えて教室に戻ってきたら生徒の勉学姿勢が極めて怠惰な方向に傾斜していることに驚愕させられたからです。

とにかく生徒達の授業中の注意力が散漫になって来たのです。先生の言っていることに真面目に耳を傾けられていない。教科書を読むことを自分に命じられたら、その時だけ、その指示に応じるだけて、それが終わると、膝の上でスマホをいじり出すのです。先生の言っていることをマトモに聴いていません。ゲームに興じたり、別の何かの画像に注意を注いでしまい、他の学生の読んでいる内容やそれに関連する先生の話なども完全に無視する状況でした。

そうしたよそ見を先生が注意すると、その時だけスマホから目を離すだけで、先生が本論に戻るとすぐにスマホに目を戻す。「スマホを机の下に置け」とか「カバンの中に戻せ」と言われた時だけ戻すが、すぐに、また、スマホを取り出すなど・・・ その悪い、新たな癖が止みませんでした。 [続きを読む...]

フィリピンでの車椅子のリサイクル活動の難しさに直面しています

年初からの最大の課題であった同国でのリサイクル活動が遅々として進まないことで苦悩しているのですが、考えてみるとその理由は事前に想定して慎重に準備して対応するべきなのに、かなり浅薄で性急なことを私は考えていたように今になって反省しています。

それは、児童の身体的な成長で小さくなった車椅子をよりサイズの大きな車椅子と交換することが、迅速に進行していないことです。使い古された車椅子がすぐに戻って来ないのです。使い古された車椅子が容易に回収されて、清掃・整備・修理を施す予定の作業場に到着しないという現実を予想していなかったからです。

その原因が何であるのかをフィリピンのパートナーがしっかりと把握できておらず、単純に到着を待っているだけで、時間が無為に経過してしまっています。なぜ、使い古された車椅子が戻って来ないのかを正確に調査していないと言わざるを得ません。各地に配布して、障害児の使用に供したはずの車椅子の所在場所、すなわち、把握しているはずの彼らの居住場所をしっかりと記録できていなかったのか、各地で受取り障害児童の自宅などに届けてくれた施設(サブパートナー)の管理体制がずさんであるからなのかの実態調査なり確認にまで追及の作業が出来ていないのかを把握していない可能性が高いのだと考えられます。障害児の家庭に配布した後の3〜5年間の管理状況が不十分であったのかもしれません。 [続きを読む...]

今日は、また、往復5時間余を掛けて車椅子の整備の月例会に行って来ました

行って来ました創業者の一人として大活躍した友人が急逝した後、私が、当のNPOで最年長になってしまったので、その行方が気になって、病身の妻の朝食を作ってから、自宅を後にしました。

今日はボランティアが70名余も集まってくれ、車椅子の整備作業が捗(はかど)りました。何故か、最近は、参加者が目立って増加気味です。口コミで近所のロータリークラブの会員や高校生や大学生、そして、小学生までが集まってくれます。口コミとホームページが人々の関心と興味を誘うのかもしれません。

友人の弟が渡比して滞在1ヶ月で苦境に陥りました

フィリピンで生活する願望にしっかりした心構えがなかったからだと私は考えているのですが、この男は覚悟と気配りが余りにも弱いようで気掛かりです。6月1日付のこのブログで彼が渡比したと記載したのですが、その彼が世話を引き受けてくれたフィリピン人夫妻と早くもトラブルを起こしたというか考えが合わずに離別してしまったのです。

日本でもらえる年金の範囲内で生活するという基本方針を、「それでは金額が不足するから僅かしか残っていない貯金の半分以上を比国に一括送金して、それを資金にして周辺の市民に高利貸しをすれば何とかなるから・・・」とそそのかされそうになってので、それに私がストップを掛けたのに、今度は、「数頭の子豚を飼育する小規模の養豚業をしよう」との誘いに簡単に乗ってしまい、その準備段階で意見がまとまらなくなり、それを取り止めようと言い合った時には、既に、最初の25万円ほどの初期投資金を巻き上げられてしまっているというのですから、全く困った御仁です。なぜ、事前に報告をしてくれなかった、そうすれば、少なくとも、書類を以って合意書を交わせただろうと悔やまれます。

それを私に知らせることなく、先週末には、マニラに立ち寄る用事があるので、今週月曜日に私の別の友人に会わせてくれと後ろめたさすら感じさせることなく、急に私に連絡して来たのです。

その友人は、去る2月に私がマニラに短期間行った際に会って、「こういう日本人がいるのだが、マニラの郊外に住む事も選択肢として持っているので、何か良いアドバイスをくれないか」と頼んだのですが、それに対して、親切にも、その友人は「自分が経営している日本風の居酒屋で短期間手伝ってくれても良いよ」と有難い案を提示してくれた経緯がありました。しかし、何を目的に、この友人に直接に会って相談したいのかを明らかにせずに突然会いたいというので、私は面くらいました。

そして、私は、この日本人をセブ島からマニラに向かう途上で、電話と電子メールで捕まえて尋ねたら、「セブ島で世話をしてくれていた比国人との関係が壊れてしまったので、別の土地に活路を見つけるために、ルソン島の横にあるMarinduque(マリンドュケ)島の島民に会った後に、マニラ在住のお前の当の知人に会おうと思っている」と旅の目的を知らされました。

こういう身勝手というのか、配慮不足で一方的に行動する性癖では、これからも避けられる問題を安易に起こし、苦労をしたり、最悪、フィリピンでの生活すら続けられなくなるだろうとの危惧が深まります。

「そんなことを急に言われても、あの日本風の居酒屋で手伝う話は立ち消えているし、また、その知人に会いたいと言っても、今日は木曜日、明日電話して頼んでも、週明けの月曜日に会えるかどうかも分からないのに無茶だよ」と私は思いながらも、「まあ、兎に角、会ってくれるように強くお願いしてみるよ」と、面会の機会を確保する努力を約束しました。この男の手前勝手さには呆れました。

案の定、結果として、彼らは会うには会えたのですが、マニラでの友人は既に他に重要な用事が詰まっていたので、2人の話し合いは30分足らずで終わり、何の成果も得られなかったようです。結局、この日本人、マリンドゥケでもマニラでも期待した結果を得られず、セブに戻ったのです。私も、こういう手前勝手な無思慮な立ち振る舞いに手を焼いてします。

この10日間、色々なことがあったのに記載する暇がなかったです

妻の退院後、彼女と同居の娘と自分自身のための3食を毎日用意するのが私の日課となりました。しかも、娘の勤務の関係から彼女たちの就寝時間と起床時間がとてつもなく早いので、そうした習慣に馴染んで来なかった私には寝不足の日々が続いています。

5時30分に起床、就寝は10時30分から45分とは健康的ですね。

しかし、料理は創造的で楽しく、そして、故津川雅彦氏と同様に、病身の妻には過去の全ての献身と自己犠牲への感謝の気持ちの表現として、全ての家事は少しも辛いとは思わないのが不思議です。

幸いにも、妻は病院からの帰宅後、徐々に体力と気力を回復して来ているので、私としては今のところ遣り甲斐を感じています。この状態、いつまで継続できるのか自信は全くありません。

今日、妻が退院しました。病名は腸閉塞でした。

朝の検温で37.6度の微熱で血液検査に付されましたが、異常個所がないことが確認され、予定通りに帰宅できました。12日間で終わったのは幸いでした。

その間に、消化器官と周辺の臓器が精密に検査され、どこも悪い個所が見つからなかったので、「大きな手術の可能性が疑われたので、消化器官と周辺臓器の精密検査を実施しましたが、全て異常なしと判断しました。かなりの健康体だということが言えます」「ただし、パーキンソン病の治療とのバランスの良い付き合いが不可避ですから、注意をしながら生活してください」というのが担当医からの最後の申し渡し内容でした。

何れにしても、大きな心配から解放されたのは本当に幸いでした。これからの家庭での療養生活が大事になると思っています。結局、私自身の対応能力に頼られるとも言えるので責任の重さを感じています。

神奈川県臨床作業療法大会に参加してみました

医師の指導のもとで、手芸・工作・家事などの作業を通じて、身体の回復や精神状態の改善などを図りながら、社会的適応能力を回復させることを目的とするのが作業療法と称されるとのことで、日本では1963年に最初の作業療法士養成学校が設立され、65年、「理学療法士及び作業療法士法」が制定され国家資格となったという。専門の養成校を卒業し作業療法士国家試験に合格すると、その当資格名を名乗ることができのだそうです。

作業療法士を中心として、精神・認知障害、身体障害、老年期障害、発達障害などの保健・医療・福祉の現場に従事する人々の神奈川県での大会が催されるとの案内をYMCAから得たので末席を汚して来ました。

午前10時に、障害者の作業を通しての経験談を5名の発表者から聞くという形でスタートしたのですが、それが約2時間あって、午後からは専門家により行事が用意されているらしく、私などの一般人の参加は予定されていないので、それ以上の詳細で具体的な体験談とか課題の議論には参加できなくて残念でした。

しかし、私も肢体障害者や知的発達障害の人々と接する機会を得ていますから、午前中の会議だけでも今まで関わりの薄かった別の分野での現状についての新たな知識を得て、有益な勉強と適度の刺激を受けました。

この日本だけでも、障害者の生活に関わりを持って尊い社会貢献をしている立派な人々が多くいることに感銘を得たのですが、私としては現在関わっている以上に新たなことを始めることは家庭事情と自分の体力と気力の限界を自覚しているので、知識だけを得たことで満足することにして帰宅して来ました。

急速に体調回復を見せている妻に来週早々の退院許可が出ました

今日の午後の回診時の担当医からの申し渡しです。その前に病院の栄養士との面談があり、そこで退院後の家庭での栄養上の注意事項について説明を受けた際に得た私の印象通りでした。

大腸に異常なくポリープも無し、胃と十二指腸にも異常なく、通便も回復して来た。頻尿は小腸内に滞留していた消化済みの液体が腎臓へと吸収されて尿になっているのだから素人でも彼女の体調が正常化しているのを読み取れています。だから、そろそろ病院から追い出し動機が高まるだろうと思っていたからでした。

来週早々といっても月曜日の午後に同院で世話になっているパーキンソン病の医師による定例の検診が予定されているので、それを済ませてからにするのが賢明だろうと判断して、取り敢えず、消化器官の担当医の退院許可に対しては、「来週の火曜日で検討します」と答えました。

帰宅後に便秘癖を回避する方法を励行させねばなりませんが、当人も入院生活を早く切り上げたい気持ちが高まっていますので、来週火曜日退院の方向を目指して、残りに2〜3日を過ごすことになるでしょう。

「彼女は結構健康体の持ち主ですね」と担当医に言われて・・・

入院中の妻の回復は順調です。昨日は午後から鼻から胃を通って盲腸あたりまで深く挿入されていた汚物吸引用の管と酸素吸入が取り外されました。勿論、まだ点滴用の管は腕にしっかりと取り付けられてはいますが随分と動作の自由の取り戻しができました。

腸の働きを回復するために、口から摂取を始める食物は消化の良いもので、ご飯はお粥食で、重湯から、3分、5、7と上昇することになるので、退院までにはもう少し日数を要するみたいです。当初の予想の大きな腫瘍の切除の必要は全く消えたのですが、消化器官に加えて周辺の臓器の機能などの検査が続いていますが、腎臓、膵臓、胆嚢、心臓、肺臓など多くの機能検査と形状検査が続けられているようです。

「全ての検査結果が正常です。この人はパーキンソン病以外は予想外に健康体の所有者ですね」と主担当医に言われてしまいました。これでは、退院して帰宅してから、彼女の自信が益々医者嫌いを強めそうです。

まだ、微熱があるようで、また、昨夜はひどい下痢を経験して眠る暇がなかったとのこと。ひどい便秘に苦しんだ数日前までの過去が信じられません。夜中の寝不足を早く回復して体力が戻ることを願っています。

今日から、私も行動予定を戻そうと思っています。すでに、昨晩は、習慣であった水泳に出掛けましたが、今晩は、東京の高田馬場の福祉士養成学校での外国人看護師の養成課題についての勉強会に出掛ける予定です。